広島地方裁判所福山支部 昭和44年(む)24号 決定 1969年3月04日
被疑者 安保栄治
決 定
(被疑者・申立人氏名略)
被疑者安保栄治の弁護人又は弁護人となろうとする者について、広島地方検察庁福山支部検察官岡田弘がなした接見指定処分について、弁護人秋田覚から準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
広島地方検察庁福山支部検察官岡田弘が昭和四四年二月一七日付でなした別紙(一)(略)「接見等に関する指定書」による接見等に関する指定はこれを取消す。
理由
一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、別紙(略)「準抗告申立書」記載のとおりであり、これに対する検察官の意見は、別紙(略)「意見書」記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。
二、当裁判所の事実調べの結果によれば、(1)安保栄治は、恐喝被疑事件で、昭和四四年二月一五日逮捕され、検察官の請求にもとづき同月一七日代用監獄尾道警察署留置場に勾留され且つ刑事訴訟法八一条により接見を禁止されていること、同月二六日右勾留は一〇日間延長されたこと、広島地方検察庁福山支部検察官岡田弘は同月一七日付で別紙(一)(略)「接見等に関する指定書」記載のような指定(以下単に一般的指定書或は一般的指定という。)をなし、右指定書の謄本は直ちに被疑者および被疑者が在監する尾道警察署の長に宛てて送付されたこと、(2)右のような一般的指定がなされた場合、弁護人が被疑者と接見するためにその勾留場所に赴いても、監獄の職員は右の一般的指定がなされていることを理由に弁護人と被疑者の接見を拒否し、弁護人は、検察官からあらためて被疑者と接見するについて具体的な日時、場所、時間の指定をうけ、これらを明示した別紙(二)(略)記載様式の「指定書」(以下単に具体的指定書或は具体的指定という。)を受取り、これを右監獄の長或は係職員に提示しなければ被疑者との接見が許されないこと、(3)本件被疑事件について、検察官は、被疑者が勾留された同月一七日、同被疑者の弁護人になろうとする弁護士秋田覚から、同被疑者と接見するための右具体的指定を求められたにもかかわらず、同月二一日に至るまでこれを許可する右具体的指定をなさず(そのために同弁護士は被疑者と接見できず)、その後右弁護士の請求にもとづいて、同月二一日に一〇分間(主に弁護人選任届に関する手続に時間を費やした)、同月二七日に二〇分間、さらに同日別紙(二)(略)「指定書」に記載されているように同月二八日に三〇分間接見を許可する指定をしたことがそれぞれ認められる。
三、(一) まず、右一般的指定が刑事訴訟法四三〇条一項にいう同法三九条三項の処分として、準抗告の対象となりうるか否かについて、検討してみるに、右一般的指定は、その指定書の文言およびその趣旨並びに右指定書にもとづいて発せられる具体的指定書の文言およびその趣旨にみるに、検察官が右一般的指定をした後においては、検察官は、被疑者の弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下単に弁護人らという。)と被疑者の接見等につき、一般的にこれを禁止し、ただ例外的に、あらためて別に発する具体的指定書で指定した日時、場所および時間に限つてこれを許す趣旨のものであり、さらに前記二(1)、(2)、(3)に認定した各事実を総合すると、検察官は右一般的指定書の謄本を被疑者が勾留されている監獄の長に送付して、右の趣旨に従うように命じ、しかも、右指定書の謄本を受取つた監獄の職員は、弁護人らが被疑者との接見等を求めても、右指定書が発せられていることを理由に、検察官がその日時、場所および時間を具体的に指定(具体的指定書で指定する)しないかぎり、これを拒否している実情に鑑みると、右一般的指定は、もともと、法律上原則として自由に被疑者と接見交通をなしうるはずの弁護人の接見交通権を実質的に制限する効果を有しているといわねばならない。
なお検察官は、右の一般的指定は、同法三九条三項に規定する接見の指定処分ではなく、単に、捜査の必要上同法三九条三項の指定処分が予想される場合に、被疑者の在監している警察署の長に対してあらかじめその旨連絡するとともに、弁護人らから直接その警察署の長に対して被疑者と接見したい旨の申入れがあつたときに、右指定処分を遅滞なく適正に行うため連絡してほしい旨依頼するための、単なる事前の一般的予告或は通知または事務連絡方法にすぎない(したがつて、何らの法律上の効果を生ずるものではない)旨主張しているが、一般的指定の性質、実体およびその運用が叙上に認定したようなものであるのだから、検察官が主張するような警察署の長に宛てた単なる事前の一般的予告、通知、または事務連絡方法にとどまるものではないことは、明らかであるといわねばならない。
そうすると、前記検察官のなした右一般的指定は、それ自体として、同法三九条三項による処分であることになり、したがつて準抗告の対象になりうるものと解するのが相当である。
(二) つぎに、本件の前記一般的指定が違法であるか否かについて考えてみることとする。
刑事訴訟法三九条は、弁護人らと身体の拘束を受けている被疑者との接見交通の自由を保障し、ただ被疑者と弁護人らの接見交通時間と捜査官の捜査のために必要な時間とがかち合つた場合には、捜査の必要を被疑者の利益に優先させて、例外的に、捜査官が弁護人らと被疑者との接見交通をする日時、場所および時間を指定することが出来ることを認め、しかもこの指定をするにあたつても被疑者の防禦準備権を不当に制限することがあつてはならないと附加して規定し、特にその指定に濫用があつてはならない旨強く戒めており、しかも、同条の趣旨からして、「捜査のために必要があるとき」というのも単に、捜査の都合或は便宜というのであつてはならず、たとえば被疑者の取調中であるとき、現場検証、実況見分に立ち会わせているとき、被害者に同行しているとき、写真撮影、指紋採取を行つているときおよびまさにこれらを行おうとしているときなど、捜査のために特に「被疑者が必要なときに」限られねばならないことになる。
そうすると、刑事訴訟法三九条は、弁護人らに対し被疑者との接見交通の自由を原則として保障し、ただ、例外的に、「捜査のため必要があるとき」にかぎり、捜査官が弁護人らの接見交通をするその日時、場所および時間を指定する方法によつて、はじめて、これを制限できる旨規定したものであり、したがつて、右の指定は「捜査のために必要なとき」以外の日時における弁護人らの接見交通を制限するような指定であつてはならず、また、右の指定も具体的な指定でなければならないといわねばならない。
このように考えてくると、検察官が本件についてした一般的指定は、前記二、三(一)でみたように弁護人らと被疑者との接見交通を一般的に禁止し、ただ例外的に、日時、場所および時間を指定してこれを許可するものであるから、結局刑事訴訟法三九条の原則と例外を転倒した指定であつて、同三九条三項に違反する指定であり、違法であるといわねばならない。
なお、検察官は、本件について、前記「接見等に関する指定書」による指定をしたが、弁護人の申出があればその都度遅滞なく、接見の日時、場所および時間を指定しており、しかも前記のとおり同月二一日(一〇分間)、同月二七日(二〇分間)同月二八日(三〇分間)に接見を許しているのであるから弁護人らの弁護権の行使を不当に制限したことにはならず、違法でない旨主張しているが、右指定書の実体がさきに認定したように一般的に弁護人らの接見交通を禁止しているものであるから、検察官の言う右各事実をもつてしても、右の指定書による指定の違法を何ら治ゆするものではない。
四、よつて、本件の「接見等に関する指定書」による指定は違法であるから、これを取消すこととする(したがつて広島地方検察庁福山支部検察官岡田弘が昭和四四年二月二七日付でなした別紙二(略)記載の「指定書」による指定はその前提となつた「接見等に関する指定書」による一般的指定が取消されたことにより当然失効することになる。)。
したがつて、刑事訴訟法四三〇条、四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。
(裁判官 谷口敬一)